2013/07/22

〈シュルレアリスム〉展のはなし

〈シュルレアリスム〉展鑑賞。若かりし世界と若い芸術家たちの邂逅。
個々の画家の『遊び』への取り組み方の違いが楽しい。歴史的経緯や技術というより、センスや発想に重きを置いた作品が多い印象なので、中高生が『ださい』とか『意味不明』とかぎゃあぎゃあ言いながら見ていたら面白そうだなと思った。以下、面白かった画家の一言感想。

マン・レイ。すごく即物的。なげやりのような直接的な表現はともかく、だじゃれのセンスはダサいと思う。マルセル・デュシャン。お洒落紳士の女装のインパクト半端ない。(参考ワード:ローズ・セラヴィー)メレット・オッペンハイム。『鳥の足を持つテーブル』のオブジェクト観が一番好み。生物と無生物の完璧な融合。http://ameblo.jp/artony/image-10870426227-11183406736.html岡崎和郎。観念に偏り気味で視覚的・物体的快楽が置き去りがちになる今回の展示では珍しく、滑らかで洗練された物体として現実化されていて、美味い。http://f.hatena.ne.jp/minmin0807/20100630194647。岡上淑子。戦後の現実に裏打ちされた荒涼とした世界、アメリカの文化の侵入による異文化の魅惑と悪夢、その鮮烈な結びつき。解体された人体とそれを彩るフリルが美しく、全ては物語とならず予兆のままで終わるところが、昔の怪奇映画っぽい。http://www.cinra.net/news/viewer.php?eid=15837&id=2
ヤン・シュヴァンマイケル。『Alice』を見た時も感じたけれど、このおじさんはほんとに『この世界がこうあること』に異議申し立てしたくてたまらないんだなあ、と思った。湿っぽくて、暗いユーモアと、確かに感じるエネルギーに思わずによによする。http://www.cinra.net/news/viewer.php?eid=15837&id=0
ルネ・マグリット。乾いて冷たくて知的でクール。今回の目当てはこの人でした。連作『魅せられた領域』の背景描写が素敵。格子の後ろの幕の後ろの大空。真夜中に青く平板に澄み渡る空に開いたドアの中の永遠の夜。それもまた描かれた嘘である。
ポール・デルヴォー。陰気な美女素敵すぎる。静謐で夢幻的な世界へと誘う決して目を合わせてくれない病的な美女は興味をそそるよね。http://www.muian.com/muian03/03Delvaux0903.jpg

今回のキーワード。オブジェクトとしての人体。オブジェクトとしての芸術。偶然。驚き。夢。悪夢。遊び。逃避。図と地。虚構。

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2013/06/03

トイ・ストーリー3

トイ・ストーリー3

 「俺たちはいつか棄てられるために生まれたタダのプラスチックである」という真実と、それでも誰かのためのオモチャであることの誇りと喜び!
 画面としては布地やプラスチックなど素材感の表現や、個々の『オモチャらしさ』をあらわすふかふかしたりカタカタする動きなど、細かい動きや絵の全てがオモチャとして生きる彼らの物語を支えていて、その丁寧さがさすがピクサー。
 3作目ということで、最初からオモチャみんなのチーム感が完成されており、冒頭や脱出劇でのスムーズな連携に、これまでシリーズを見ているとなお嬉しい。そのチーム感が、度重なるヤードセールや廃棄からの生存者であることから生まれたものであることがそこはかとなく感じ取れるのが辛いけれど。オモチャ一体ではなく、「チーム」としてどういう風に結末が着くのか、というのが今作の見所です。やっぱりまとめ役は保安官でなくちゃね。西部劇最高!
 キャラクターの魅力は言わずもがなで、常連メンバーも魅力的ですが、今作でのバズのアクションは相当格好いい!スパニッシュ・バズのキレキレの動きもいかしているし、そりゃジェシーも惚れ直すよ。新しいオモチャたちもみんな可愛くて素晴らしい!ふかふかトトロの表情のないミステリアスな感じも可愛い。牢名主役の苺熊のふかふか杖をついているところも可愛いし、脱走に失敗したオモチャ達の弱々しい感じも可愛い。ビーバー人形の相手役のケンも、動きがうざくて可愛い。とにかくみんな可愛い。
 アクション・キャラクター・アニメーション・ストーリー・テーマの全てがバランスよく配置され、シリーズ完結作として申し分なくまとめられており、そして何より作り手たちの無上の愛情が感じられることが、この作品の一番の魅力だと思います。
 命なきものに命を与える想像力と愛情。それはきっといつまでも続いていくのだと信じて。

(以下ネタバレ)
 ゴミ捨て場から焼却場までのシーケンスは、本当にシリアスで辛い、辛すぎる…。これだけ真正面から、普遍的な『死』というものを描く作品は、大人向け・子ども向け限らずほとんどないのではないだろうか。すでに勧善懲悪のストーリーは機能せず、悪玉は改心せず裏切って生き延び、善玉であろうといくら努力しようと、全てはベルトコンベアの運ぶまま大いなる死に飲み込まれていくしかない。
 愛情を注がれていたにもかかわらず、それでも自分は代替可能なただのオモチャに過ぎぬのだと知り、心が壊れた苺熊の「俺たちはオモチャ。ただのプラスチックだ」「俺たちは捨てられるために生まれた、ただのゴミだ!」というあんまりにも剥き出しの叫びは、でも消費社会に生きる私たちにとっては紛れもない真実でもある。そして、このシーケンスが本当に恐ろしいのは、オモチャであることを越えて、ここだけはプラスチックではなく、蛋白質であるのだとしても、永遠の生命を持つことはない人間そのものにも通じる叫びであることだと思う。自分は特別ではなく、いつか消えゆく代替可能な大量生産品の一つだという、絶望に壊され一面の真実を叫ぶしかなくなった苺熊の哀れさが半端ない。
 そして、問題の神の手であるクレーンに救出されるシーン。クレーンはなぜ神であるのか、それは生死を選び全てを決定する存在でありながら、クレーンゲームのように選ばれる側にはなぜ選ばれたのか分からないから。神の意思は人智を越えており、選ばれる側にはやっぱり偶然としか思えない。そのクレーンに助けられることは生死は偶然に委ねられていることを示すようで、個人的には本当に助かった気があんまりしないんですよね。なんだか寓話っぽくも見える象徴性の高い描き方であることもあり、これ以降のシーンはウッディたちが最後溶ける一瞬前に見た夢なのではないかと、どこかで疑う心が捨てきれないんですよね。「未来世紀ブラジル」みたいに、もう少し悪意を前面に出す監督ならそういう処理をしてしまうと思う。チームのもう一つの結末として見ても、「手を取り合ってみんなで一緒に無限の彼方に行く」というのはリアリスティックな納得の出来る終わり方でもあるし。
 このシーンの死の恐怖とそこでも断ち切ることの出来ない結束があるからこそ、後のシーンで描かれる、それでも誰かのためのオモチャであるという誇りと喜びが際だつ訳ですが、いや、本当に恐かったです。助かったのは、本当に、夢じゃないんだよね。
 すでに戻れないところまで壊れてしまい、もう愛情を信じることもなく、善悪も見分けることもできずに生き汚く生きていくしかない苺熊の着地点が、オモチャ好きの労働者の車のフロントでゴミ捨て場にずっと晒されて生きるという、甘くはない、けれど辛すぎるのでもないところが、大人だなあと思いました。

というわけで、今回のベスト台詞はこれで決まりです!

エイリアン(クレーンを見て)「かーみーさーまー」

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twitterはじめました。

書くことへのリハビリも兼ねて。
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2010/10/24

日本美術の歴史

日本美術の歴史
辻 惟雄 東京大学出版会

 なんとなく日本美術の通史を読みたいと思ったので、この前読んだ「奇想の系譜」が面白かった辻さんの本から。あと、横尾忠則デザインの表紙のインパクトにつられて。
 印象としては、土偶からマンガまで、古典から村上隆らまで日本の美術を追って、そこに通底するものや変化していくものを探ろう!という感じでした。いかにも繊細な「日本美術」という感じのものから、キワモノやゲテモノに近いものまで、なかなか広がりのある日本美術をざっと眺めたいときにどうぞ。
 内容は一応教科書用とのことなので、縄文時代からほぼ戦前までのおおよその流れがまんべんなくさらえるし、きれいな図版も豊富なのがうれしい。絵画や彫刻だけに限らず、書や建築や工芸にも目配りあり。記述は特にかたよりなく読みやすいが、たまに出てくる著者の個人的感想に近い文章が楽しい。やまと絵や仏像なんかは固有名詞だらけの個別の説明文を読んでもさっぱり頭に入らないので、豊富な図版とともになんとなく大雑把な流れだけでも頭に入るのでありがたい。

以下、個人的に気になったポイント。
・現代人の理解を超えてる土偶の造形。中国など他国からの文化的影響がほとんどない(というか国家という枠組みでない)頃のつくりもの。まじ宇宙人。やべー。
・その時代の流行りや好みや嗜好を映す仏像や仏画。童顔美少年とか肉感的エロチシズムとか中性的アルカイックスマイルとか男性的躍動感とか。実在しない理想の存在はやっぱり素敵ですよねー。西洋の彫刻と違ってあんまり質量感がない感じなのが、ますます2次元と3次元の境界を越えてるような。私は神秘的で不思議で可愛い、象に乗った普賢菩薩が好みです。
・中国から近すぎず遠すぎずの絶妙の位置がつくりだす日本文化。江戸後期からは西洋が中国の位置に代わっていく。自文化とは異質なものを外面的に摂取し、オリジナルな解釈を施し、なんだか違う新たな物を作りだす伝統。海に囲まれた極東であるという位置が、文化として大きな役割をはたしているんだなあと思いました。その中で、明治以後多くの画家が、西洋に留学したことで逆に圧倒的に異なる文化や伝統の重み、またそれに反逆しようとする運動の前に、その才能を潰してしまったという記述が哀しい。
・諧謔やユーモアあふれるもの。あまり知らなかったけれど、意外とあるものですね。北斎や河鍋焼斎などの浮世絵師らや、あるいは良寛や白隠など超俗の僧侶とか諸々。ウインクしてる木像が素敵。
・明治以後の画家はあまり知らなかったので、勉強になりました。色々あるもので、黒田清輝以前の洋画は脂っこくて暗いので「脂派(やには)」と呼ばれましたという記述が可笑しい。空襲で焼かれる直前の東京を描いた松本竣介の途方に暮れたような絵が個人的には印象に残った。

 ところで、日本美術の特徴として語られる平面性、繊細、全体の構成ではなく細部への志向性。また東洋絵画としての描線へのこだわりや、けれんみのある誇張。こう並べると漫画やアニメなどの表現形態と相性がいいのもむべなるかな。つまり、三次元より二次元が好みなのも大昔からの伝統だったのです!すでに手遅れ。


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2010/08/22

近況

だれか読んでいるのかよくわかりませんが、一応。
二次創作用のネタは色々たまっているのですが、なかなかまとまった形になるまでには大変な感じです。
とりあえず気長にのんびりと。
ちなみにネタは以前ちょっと書いたコナンの新出先生とひかりさんの薄暗いのと、FEシリーズからいくつかというところです。
いつになるやら。

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